2040年には、新築着工棟数49万戸時代に突入することが予測され、ますます厳しい状況が続く住宅業界ですが、少子高齢化による労働人口の減少や労働者のニーズに対応するため、多様な働き方を選択できる「働き方改革」により、工務店経営の在り方が見直されています。
「働き方改革」は労働人口が減少しても生産性を上げた効率の良い働き方の推進や、労働者のライフステージの変化に応じて仕事を続けられる環境整備の推進を目標としています。
社員の労働環境を改善するためにどのような取り組みを検討する必要があるのか、住宅業界において考えられる課題点について解説します。
これからの社内改革に動き出すための参考にしていただければと思います。
「働き方改革」とは
2019年4月から法案の一部が施行された「働き方改革」は時間外労働時間の上限設定、有給休暇取得の義務化などの内容が盛り込まれています。
建築業界は、医師やドライバーなどと同様にすぐに新制度へ移行することが困難な業種とされているため、2024年3月までの猶予期間が設定されていました。
ここで、働き方改革の主な内容について解説します。
① 時間外労働に上限を設定
「月45時間・年間360時間を上限とする」という点については変更ありませんが、36協定を結んだ場合の特例について上限が追加されました。
改正前:特例として6か月間は時間外労働の上限なしとできる
改正後:特例として月100時間、年間720時間を上限とする。
かつ、複数月(2か月、3ヶ月、4ヶ月、5ヶ月、6ヶ月)期間内で平均残業時間を算定し、それぞれ80時間を超えないこと。
かつ、月45時間を超えるのは6ヶ月を限度とする。
つまり、繁忙期に一時的に残業時間が増えることは特例として認められますが、その状態が数か月にわたって連続することは禁じられることとなります。
② 年次有給休暇を確実に取得させる義務が生じる
改正前:労働者が希望した時に使える「権利」
改正後:事業者は有給休暇付与日数が10日以上の労働者に対して、最低でも年に5日間取得させる「義務」が発生する。 取得時季は、原則として労働者の希望に応じる。
③ 同一労働、同一賃金の義務
派遣社員やパート社員と正社員が同じ内容の仕事をしている場合、賃金や労働条件を同一にすることが明記されました。
また、職務内容が異なる場合でも、不合理な待遇差は禁止されています。
④ 勤務時間のインターバル制度の導入促進
前日の退勤時間から、次の日の出勤時間までの間隔を空けて十分な休息をとり、社員の身体的精神的な健康を保つことを目的としています。
前日残業が発生した際に、翌日の始業時間を遅らせる等の配慮が必要です。
「最低限確保したい水準」と「確保が望ましい水準」の2本立てての運用から始めて、順次拡大することが示されています。
⑤ 労働時間の客観的把握
タイムカードやパソコンの使用時間の記録、その他適切で客観的な方法で労働時間を記録し、3年間保存することが定められました。
⑥ 月60時間を超える残業賃金の引上げ
月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を大企業と同様の水準である50%以上にする必要があります。
⑦ 労働者の待遇に対する説明義務の強化
正社員と同様に、パート社員、派遣社員についても待遇内容についての説明義務規定が設定されました。
パート社員、派遣社員に対して、正社員との待遇差の内容とその理由を説明する義務があります。
建築業界で働き方改革が進まなかった要因とは?
5年間の猶予期間に、従業員に対する説明や制度の導入準備を進めることを求められていましたが、建築業界ではなかなか浸透が進まなかった理由として下記の理由が考えられます。
① 週休2日制の導入が難しい
社員大工の場合、現場で働く職人の多くが日給制や出来高制の給与体系です。
そのため、休日が増えると手取り額が減ってしまうことから、敬遠されます。
現場で作業が行われると、施工管理部門はそれに合わせての出勤を余儀なくされています。
また、営業や設計の場合でもお客様との打ち合わせを優先させたり、契約前の追い込みなどをしたりと、休日返上で出社している状況も散見されます。
② 慢性的な人材不足
大工や職人は、技術を習得し独り立ちするまでに時間が必要なことや、高齢化が進んでいることといった理由で、常に人手不足に陥っています。
一人一人の仕事量を調整するだけの人材が足りず、長時間労働や休日出勤によってなんとか業務を回しているのが現状です。
③ 多重下請け構造
元請け会社によって決められた工期に従って動くため、余裕のあるスケジュールを組むことが難しく、現場社員の休日が圧迫されてしまいがちです。
元請け会社から何層にもわたって下請け会社が入る構造の場合、指示系統が複雑になり作業効率が低下します。
また、中間マージンを引かれ、利益を上げづらいため、コストカットのしわ寄せが人件費にまわってきます。
その結果、下請け業務は、一人当たりの負担が大きく、休日の取得が困難、時間外労働の増加の原因となります。
現場の職人の動き方によって、社員の現場監督も合わせて行く必要もでてきます。
働き方改革を実現するための方法とは?
働き方改革の導入促進による労働時間の短縮をカバーするために、社内で整備を検討する具体的アイデアについて紹介します。
① 一人一台端末支給
端末を支給して事務所に戻らなくても事務処理できると、直行直帰が可能になるため、異動に要する時間を削減できます。
② 建築工期の見直し
すでに公共工事では、週休2日を前提としたスケジュールが組まれています。
余裕のある工期設定や工事時期を平準化できるようなスケジュールをとることを念頭に商談を進めましょう。
③ 業務内容の見直し
人手を掛けるべき業務内容とITを利用できる業務内容を仕分けします。
自動化できる内容はなるべく人手や時間を掛けずに確認だけですむようなプロセスの見直しをしましょう。
④ 業務ツールの見直し
現場と事務所をウェアラブルカメラでつないで、状況をリアルタイムで確認する遠隔臨場を行います。
これは国土交通省においても推進されている方法です。
また、工程進捗や確認作業に利用できる現場管理ツールや施工アプリも多くの製品があります。
スマホや端末からリアルタイムに状況の更新確認が可能です。
その他、屋根点検にドローン、床下、小屋裏点検にロボットを活用するなど、定期点検業務の時短方法も検討しましょう。
撮影内容を事務所と共有すれば、事務所で内容チェック、点検報告書の作成を代行できます。
点検内容を作業員へ転送すれば、当日中に顧客に対する説明も完了できるので、何度も通う必要がなくなります。
問題が見つかった場合のみ、点検員が直接、精密検査、修繕作業を行うようにしましょう。
⑤ 顧客情報を一元化して共有する
誰でも、いつでも、どこにいても必要な情報を確認したり見たり更新したりできるようにします。
運用に成功すれば情報の精度が格段にアップします。
⑥ 労働時間の整備
ライフワークバランスに配慮する、労働時間や休日に配慮する、産休育休取得の整備が進むといった働きやすい職場環境に気を配ると社員の定着率がアップします。
⑦ 建物の仕様や部材の検討
建築現場での作業量を減らすため、プレカット材に切り替えられる部分はないかを検討します。
窓サッシを組み込んだパネル部材などを利用できると現場の手間は格段に減らせます。
⑧ ITに不慣れな層への配慮
カレンダーの共有やタスク管理アプリの利用など、複雑でないものから少しずつ導入しましょう。
最新の情報がいつでも確認できるメリットを実感して抵抗感を下げることが大切です。
⑨ 通信環境の整備
社内のシステムにITを導入したり、オンライン商談を実施する際、安定した回線は必要不可欠です。
⑩ 下請けからの脱却
元請けの仕事は、工期や利益のコントロールが下請けよりも容易です。
労働環境を改善するためには必要不可欠な取組みです。
顧客とのやりとりで導入を検討する内容
顧客との商談や営業活動においても、無駄のない業務で時短を叶えることがポイントです。
特に営業から設計、現場まで1人でみるマルチタスクな社員は、少数精鋭の工務店にとって重要な人材であるため、IT化や仕組みの構築を行うことで大きな負担の軽減になります。
① コミュニケーションアプリの導入
ステップメールの活用、メルマガの自動送付など、顧客の現状確認をアプリへ任せて、営業担当の業務内容を整理します。
営業活動の中でマニュアル化できる部分については、積極的に一元管理して自動化をすすめましょう。
② オンライン商談の実施
社員、顧客それぞれの移動時間をなくし時間効率を高める目的があります。
対面せずに商談を円滑に進めるには、スムーズな進行とテンポの良さが大切です。
そのため、念入りな事前準備を行って商談に臨むため、打合せ期間を短縮できる効果もあります。
③ 打合せの内容をオンタイムで確認する
プラン打合せ時に顧客のニーズが実現可能かどうか、リアルタイムで設計士に確認します。
今まで、次回の打ち合わせまでに確認を持ち越していた内容をその場で判断できると、打合せのやり直しを防いでスムーズにすすめられます。
④ 打合せまでに、自宅で考える内容決める内容を明確に示す
タブレットを貸し出して、顧客が自宅で設備やインテリアを選べるようにしたり、人気の高い仕様をパッケージ化して選択できるようにすると、打合せ回数を減らすことが可能です。
顧客にとっても、自宅でゆっくり検討できること、その場で決定するプレッシャーがかからないこと、打合せ回数が減らせること、スムーズに打ち合わせが進むことなど多くのメリットがあります。
事前に担当者が内容を確認できれば、イメージに合わせた提案や、無駄のない打ち合わせ準備ができるようになります。
まとめ
今回は、建築業界にとっての「働き方改革」の課題や解決策について解説しました。
これまで、建築業界は年間300時間以上の長時間労働が蔓延し、週休2日の取得も確保されていないことが業界の常識でした。
しかし、コロナ禍によるテレワークやオンライン商談の普及によって、人手を掛ける必要のある業務や必要最低限の面談について、無駄な業務がどれだけ存在していたかが明確になったのではないでしょうか?
働き方改革の全面施行まで1年を切りました。時間内で最大限の成果をあげるための業務内容の効率化や見直し、自動化等を検討し、社員がいきいきと働きやすい職場環境を整備しましょう。