積水ハウスの国立マンション解体|元社員が見た背景と受注姿勢

最近、積水ハウスが東京都国立市で、ほぼ完成したマンションを解体するという話題が大きく取り上げられています。
積水ハウスの解体の判断は、建築基準法や東京都の条例に違反したことによるものではありません。
自主的な判断ですが、現時点で本当の理由は明らかになっていません。
積水ハウス出身の私は、利益を稼ぐ特建事業部の焦りが、受注を急ぐ勇み足を生んだと考えています。
本記事では、国立のマンション解体の経緯と、元積水ハウスの住宅営業として私が考える背景を解説します。
ハウスメーカー積水ハウスが国立市のマンション解体を決めるまでの経緯
富士山の眺望をさえぎった国立駅近くのマンション
問題のマンションは、東京都国立市にあります。
国立駅からは富士山に向かって通りがまっすぐ延びていて、本来は通りの奥に富士山がきれいに見えていました。
ところが、このマンションが建ったことで、その眺望が崩されることになりました。
景観を壊されたとして反対の意見が多数出た結果、積水ハウスが譲歩しました。ほぼ完成したマンションを取り壊すという結論になったのです。
説明会で反対意見が出ても建設を進めた
しかし、解体が決まると、ネットでは異論や疑問が噴出しました。
景観がさえぎられることは、設計段階で分かっていたはずです。
その証拠に、積水ハウスは事前に説明会を開いており、その場でも反対意見が多数出ていました。
積水ハウスは国立市や住民と話し合い、当初の予定より階数を減らすなどして譲歩し、建設までこぎつけています。
それでも、積水ハウスは法的には問題がないことを盾にして、建築を強行しました。
そこまでやりながらマンションを取り壊す意味が、私にはなおさら不可解です。
解体の理由は、建築基準法違反でも東京都の条例違反でもありません。
積水ハウスはほぼ完成状態までこぎつけながら、自主的な判断で解体を決めています。
この進め方は、私にはどうにも合点がいきません。
積水ハウス出身の私には、今でも社内にパイプがあります。
ただ、今回の一件の実情を知る人間はかなり一部のようです。
特にマンション事業部以外の戸建ての社員には、実態がなかなか伝わっていないようです。
そのうえで私が思うのは、あの場所にマンションを建てて富士山の景観を損ねるのは、さすがにまずいということです。
居住者もあまりいい気持ちはしないように、私は感じます。
計画段階から分かりきっていた問題を、積水ハウスはそのまま押し通しました。
その真意は、私には測りかねます。
積水ハウスのマンション解体の背景にある特建事業部の焦り(元住宅営業の見方)
私は、積水ハウス社内の特建事業部の焦りが、各方面に影響していたと考えています。
増収増益の利益を稼ぐのはマンションなどの特建事業部
積水ハウスが直近に出した決算は増収増益でした。
数字だけ見れば、業績は絶好調と判断できます。
しかし、実際に利益を出しているのは戸建てではありません。
マンションなどを手がける特建事業部です。
積水ハウスは戸建てが出発点で、今でも戸建てがメインの住宅会社です。
ただ、戸建ての市場は今後どんどん縮小していきます。
他の手段を考えなければ先細りになることは、調査の結果明らかになっています。
戸建て事業部のプライドとマンション事業部の不満
一方で、積水ハウスの基礎を築いてきたのは戸建事業部です。
私が在籍していた1990年代に累積棟数は100万戸を達成し、その後200万戸を超えました。
私も業界トップランナーという自負を持ち、積水ハウスブランドを支える一端を担いました。
今の幹部の人たちも当然、積水ハウス=戸建てという認識を持っています。
稼ぎ頭がマンションなどに移っている理屈は、幹部の人たちも頭では分かっています。
それでも、戸建て事業部一本で来た人間には、どうしてもプライドがあります。
特に今の幹部の人たちは、積水ハウス=戸建てという認識で育ってきた人ばかりです。
そのため、「俺たちが主流だ!」という認識を強く持っていると私は想像します。
そうなると、マンション事業部の人たちが面白くないと感じるのも想像に難くありません。
「利益は俺たちが出しているのに戸建ての連中はプライドだけで威張っていやがる」
マンション事業部の人たちがこう考えても、不思議ではないと私は思います。
解体を宣言された国立市長が怒った市議会の様子
結果として、積水ハウスは国立市に対して一方的に解体を宣言しました。
ところが、なぜか国立市長はこれに怒っています。
その理由は不明です。
私は国立市議会の様子をインターネットで見ました。市長は怒りをあらわにしており、議員がその市長に詰め寄る場面もありました。
「その市長の態度は積水ハウスに失礼ではないか」
議会はまさに混沌とした状況でした。
市長がなぜいら立っているのかも、議員たちがなぜそんな市長を追及しているのかも、私にはよく分かりません。
ワイドショーからWeb記事まで、私はさまざまな報道に目を通しました。
それでも、専門家ですら事の顛末(てんまつ)がよく分かっていないようです。
野武士集団と呼ばれた1990年代の積水ハウスの受注姿勢

どの住宅会社も営業努力をし、何としてでも受注を取ることに力を傾けます。
今と昔では事情がずいぶん違いますが、私が在籍していた頃の積水ハウスは、完全な営業主導の会社でした。
当時も積水ハウス、ミサワホーム、積水ハイム、大和ハウスといった大手ハウスメーカーがしのぎを削っていました。
そのなかで積水ハウスだけには一種独特の雰囲気があり、野武士集団と呼ばれていたのです。
当時は、野村證券を筆頭に四大証券と呼ばれた大きな証券会社がありました。
そのなかで野村證券だけは、明らかに異質な会社として知られていました。
同じ大手でも、野村證券は営業が突出して強く、荒いところもかなりあったのです。
積水ハウスも野村證券に似たところがありました。
月末になっても契約がない営業社員は、徹夜してでも受注を取る行動をしろ、という雰囲気があったのです。
受注ゼロで終わった月の営業会議は、生きた心地がしませんでした。
当時の支店長のカミナリの落とし方も、半端ではなかったと記憶しています。
こうした営業主導の社風を支えていた新人研修や客前での手書きプラン、歩合給については、積水ハウスの営業研修と他社との違いで解説しています。
今の積水ハウスには、ここまでの雰囲気はないそうです。
それでも、営業職である以上、何としてでも受注を取ろうとするのは当然のことです。
戸建て部門が威張っている積水ハウスの中で、実際に利益を上げているのはマンション部門です。
1棟でも多く受注して利益を増やしたいという強い気持ちが、マンション部門にあったことは間違いないと私は思います。
その気持ちから、マンション事業部は必要以上に案件を受注してこなす、前のめりの姿勢になっていったと考えられます。
国立の案件も、富士山が見える一等地でした。
しかも国立駅から徒歩10分と、立地条件も悪くありません。
国立の件で、マンション事業部の営業部隊にこうした勇み足があったことは、ほぼ間違いないと私は考えています。
積水ハウスの戸建て部門と設計士を前に出す長崎の地場工務店
昔ほどの勢いはないとはいえ、積水ハウスの戸建て部門も活発に活動し、受注を上げています。
しかし、以前と違って競合相手がたくさんあり、その競合の営業力も強烈です。
そのため、戸建て部門が苦戦しているのは事実だと私は見ています。
積水ハウスはブランド力を前面に出そうと、特別な設計士を表に出して独自性をアピールしています。
ただ、この手法は他のハウスメーカーも同じように採用しているので、積水ハウスだけの独自戦略にはなっていません。
大手ハウスメーカーどころか、地域の地場工務店でも積極的に採用されている手法です。
先日私が足を運んだ長崎県の地場工務店も、大手顔負けの体制を組んでいました。
この工務店は、中高級ブランドのお客さんには折衝の当初から設計士を張り付けて、商談に臨んでいます。
その甲斐もあって、この工務店はお客さんからの評判が上々です。
まとめ
積水ハウスが国立市でほぼ完成したマンションの解体を決めたのは、法令違反が理由ではありません。
本当の理由は、現時点で分かっていません。
元積水ハウスの私は、利益を稼ぐ特建事業部の焦りと、受注を急ぐ営業部隊の勇み足が背景にあったと考えています。
ぜひ本記事の国立の事例を参考に、自社で受注を急いでいる案件の立地と近隣の事情を見直してください。



